事例紹介
芸術祭を入り口とした関係人口をネットワーク化し、新しい地域の姿を共に創る
文化・芸術・スポーツ活動団体 | NPO法人 クロスメディアしまだ |
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活動場所 | 静岡県 |
2011年に静岡県島田市にて「人が元気な島田のまちづくりに寄与すること」を目的として設立されたNPO法人 クロスメディアしまだ。静岡県中部地域における地域振興や地域づくりを主な事業として展開しています。
地域情報誌「cocogane」の発行をはじめ、子ども向け社会教育事業の実施など、行政や地域団体と連携を強化しながら、地域づくりの中核としての役割を担っています。
2021年に11期を迎えるにあたり、今後10年を「地方芸術祭」を軸とした文化・芸術による「関係人口」の拡大に取り組む「アートNPO」を方針として掲げています。
本記事では、クロスメディアしまだの理事を務める兒玉絵美さんに、「地域コレクティブ ART DROPS」の立ち上げの経緯や実際の活動内容についてお話を伺いました。
芸術祭が生み出している「価値」と求められる「伸びしろ」
クロスメディアしまだでは地域づくりの取り組みとして、大井川沿いを走る大井川鐵道の無人駅エリアを舞台に、2018年から毎年「UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川」を開催してきました。
「UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川」とは、豊かに暮らす地域の人々の営みや手つかずの美しい風景を現代アートを通じて可視化し、参加アーティストと地域の人々やサポーターとの融合の先で生まれる「地域の新しい姿」を探し続ける場。実際、この芸術祭をきっかけに、地域の人々とアーティストの間に生まれる強固な信頼関係を目にしてきたと兒玉さんは言います。
「小さな地域芸術祭ではありますが、地域の皆さんと参加アーティスト、サポーターの信頼関係が一番の強みだと思っています。土地の力を顕在化し埋もれた姿を見せるのは、アーティストだけでなく、地域の皆さんの関わりの深さも一端を担っているんです」。
写真の作品は、参加作家の小山真徳さんが竹を編んで作った巨大な盃のオブジェ。”ダイダラボッチの伝説”をテーマに、かつて巨人が使った盃が河川敷に流れ着いた光景を表現しています。現地入りしている小山さんは、山から切り出した100本を超える竹を割ったり裂いたりして編み上げることで、直径約10メートルの作品を完成させました。
「重さにして約1トンの盃を高台部分に設置する最終作業に、30名以上の地域住民の皆さんが協力してくれました。しまいには、小山さんをそっちのけで、喧々諤々のケンカが始まるほどの熱量でした。彼が制作に打ち込む姿勢や滞在時に交流したことにより、アーティストの作品を地域の大切な宝のように、自分ごととして捉えられるほどになっていたんだと思います」。
「地域コレクティブ ART DROPS」を結成 関係人口を集積して地域課題へ新たな視点でアプローチ
「だからこそ、この関わりと不思議な絆を日常的につなげたいと思ったんです」と語気を強める兒玉さん。
芸術祭は1ヶ月の限られた交流や協働の機会で盛り上がりますが、地域側には恒常的な人手不足という地域課題があります。そこで芸術祭に関わった作家約50名とサポーター約100名を日常的な地域づくりの活動へ誘引できれば、地域課題への新たな視点とアプローチが可能になるのではと考えました。
2021年8月にふじのくに関係人口創出・拡大のモデル事業を活用して、株式会社アートフロントギャラリーと連携して「地域コレクティブ ART DROPS」を結成。芸術祭を入り口とした関係人口をネットワーク化し、新たな視点から日常的な地域課題を解決する活動をスタートさせました。
芸術祭を通じて関わる人々(関係人口)を集積し、新しい地域の姿を共に創っていくことをミッションに掲げています。具体的な取り組みとしては、大きく分けて3つあります。
「1つ目は、情報のネットワーク化と地域課題のデータベース化です。地域の日常に芸術祭から染み出た効果と課題を落とし込むホームページを開設。サポーターや課題を投げ込みたい人がホームページで登録できる仕組みになっています。
2つ目は、関係人口が地域とつながる機会の創出として『寄り合い』を開催します。オンラインとオフラインを織り交ぜながら、定期的に開催したいと考えています。解決したい課題を持ち込む人を囲み、メンバーのさまざまな視点や考えを持ち寄り、解決方法を探ります。解決方法やアクションがまとまった地域課題は、プロジェクトとして実際にアクションを起こしていきます。
3つ目は、継続的に地域と関わりやすくする場づくりです。アーティストや地域の方が日常的に交流し続けられる場所を設置します。アーティストの滞在拠点である空き家をゲストハウスとしてリノベーションすることを計画しています。学生の研修の受け入れも視野に入れています」。
アーティストと地域住民を日常的につなぐ「寄り合い」を定期開催
2021年9月8日、1回目の「寄り合い」をオンラインにて実施しました。「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川」の参加アーティスト16名、地域団体「抜里エコポリス」のメンバー5名など、計20名以上が参加しました。
「アーティストと久しぶりの再会とあって、地域住民の皆さんの嬉しそうな表情が印象的でした。また、こちらからお声かけしたにも関わらず、アーティストの方々が予想以上に面白がってくれていることや、地域というものに対してさまざまな思いを抱いていることが伺えて、とても有意義な時間でした」と振り返ります。
実際の声としては「こんなことやってみたい!」「こんな表現ができるかも!」といったアイデアや、芸術祭の無人駅エリアに関わって感じた「地域」というものに対する考えなどさまざま。
「地域住民を基軸に考えてくれている意見やアイデアが多く、絆の深さを感じました。そしてやはり、アーティストの感覚や考え、アイデアは予測不能で面白い。元々の視点が社会の枠を超えていたり、良い意味で比較や常識に捉われていない。縦でも横でもない斜めからの視点は、地域という枠にとって、今後大きな意味を持つのではないかと期待しています」。
今後は地域団体だけでなく、企業や個人にも悩みや課題を寄り合いの場に持ち込んでもらい、それについてみんなで話し合う場として発展させたいと考えているようです。
地域課題例「抜里ホタルのみちプロジェクト」
寄り合いで持ち込まれた地域課題の一つに「抜里ホタルのみちプロジェクト」があります。芸術祭で交流をしてきた「抜里エコポリス」のメンバーからの依頼でした。
「抜里エコポリス」とは、地元住民によるNPO団体。抜里地区の環境保全活動と里山の魅力を伝え、持続可能な地域づくりに取り組んでいます。
彼らが運営する「ホタル祭り」では、ホタル鑑賞に抜里へ訪れる人たちのために、ホタルの森へ続く小道に看板や灯籠を設置して、「ホタルのみち」を演出しています。その看板や灯籠が老朽化したことから、「看板のデザインやホタルの森へと続く空間演出を今までにない新しいものに刷新したい」といった内容でした。
その依頼を受けたのが、これまで3回にわたり芸術祭にて作家として作品を制作してきたヒデミニシダさんです。北海道小樽市出身の美術家で、ロシアや台湾、英国など国内外で活躍中。風景との対話を楽しむ環境芸術作品を多く手がけています。
今回のプロジェクトでは、ヒデミニシダさんと東京の女子美術大学の学生有志がコラボレーション。ホタルの森への道標となるメイン看板のリニューアルと、ホタルの森へ続く「ホタルのみち」の空間演出を手がけました。
真っ暗な「ホタルのみち」を光で演出する「ホタルのたまごロード」は、無人駅の芸術祭に訪れた県内外の人たちを巻き込んで制作。LEDライトで光る「ホタルのたまご」をつくってもらいました。この「ホタルのたまご」はホタルの森への誘導灯として、ホタルの出る6月に設置していくそうです。
「参加者にも『ぜひホタルを観に来てくださいね』と呼びかけ、継続性のある関係を参加者とも作っていくことができました。当日は、芸術祭にいらしてくださった方だけでなく、地元の方もたくさん来てくれたんですよ」。
ほかにも、酒造場から「地酒の楽しみ方と可能性について」や、鉄鋼所から「鉄ってどんな使い方がある?」といった課題が寄り合いに持ち込まれ、新たなプロジェクトが生まれようとしています。
今後のビジョンについて兒玉さんは、「地域コレクティブ『ART DROPS』は、地域という枠のようなものに多様な形で関わる多様な人たちの共同体です。アーティストを課題を解決するスーパーマンのように捉えるのではなく、内部の関係性もその時々によって変化していくことを想定しています。そして、将来的には、課題解決に関わったアーティストに対価が入り、持続性がある形を目指しています」と語ってくれました。
兒玉さんからあふれ出る新たなアイデアに、関係人口のネットワーク化による新しい地域の姿を垣間見ることができました。