環境
中部
育てられた山への恩返し、里山にかつての風景をもう一度(特定非営利活動法人 静岡山の文化交流センター)
活動団体
特定非営利活動法人 静岡山の文化交流センター
活動場所
静岡市ほか

静岡県の里山にかつて広がっていた広葉樹の森の風景は失われつつあります。成長の早い竹が日陰を作り、木々の成長を阻害してしまうのが主な原因です。さらに整備しきれなくなった土地の放棄や、世代間での土地の継承がうまくいかないことで竹林の伐採が進まず、問題に拍車をかけています。

かつての里山の景色を取り戻すために2015年10月に設立されたNPO法人「静岡山の文化交流センター」では、樹木の成長を妨げる竹林を伐採、跡地に新たな広葉樹(落葉、常緑)を植える森林保全活動を行っています。危機に瀕する静岡の里山を守り、かつての風景を取り戻すべく、現在県内5ヶ所の山で森林保全に取り組む山本良三さんにその取り組みについて詳しく伺いました。

 

ヒマラヤ7000m級峰初登頂に成功、世界の未踏峰に挑戦

静岡大学に進学後、山岳部に入部したのをきっかけに山に魅了された山本さんは、同じ山岳部の仲間たちと年100日以上も南アルプス等に登っていたのだといいます。山への情熱は大学卒業後も留まるところを知らず、ネパールヒマラヤの難峰(7371m)初登頂成功をはじめとする世界の未踏法峰へ登頂する日々を送りました。

大手製薬企業退職後は、都内に暮らしながら群馬での森づくりに勤しんでいた山本さんにある転機が訪れます。それはかつての山岳部の先輩からの連絡でした。

 

先輩の遺志を継ぎ、「静岡山の文化交流センター」を発足

先輩の遺志を継ぎ、「静岡山の文化交流センター」を発足

山岳部の先輩である著名なエコノミスト竹内 宏さん(元日本長期信用銀行総研理事長)からの静岡県に戻ってきてほしいという連絡を受けた山本さんは、9年前に静岡に戻りました。竹内さんが亡くなった後も山を大切に思う意志を受け継ぐため、2015年10月にNPO法人「静岡山の文化交流センター」を設立。全国各地に散らばる山岳部の仲間を中心に、地元の山仲間を加えて80人の仲間を募り、静岡県各地の山の保全活動に着手しました。

 

静岡の里山が危機に瀕している

静岡県の温暖な気候によって竹は凄まじいスピードで成長します。群生する竹が作る日陰によって木々の成長が妨げられてしまい、現在は静岡県の里山の多くが竹林に覆われてしまっています。そのあまりのスピードに会のメンバーだけでは伐採が追いつきません。そして竹林の伐採を妨げる別の問題にも直面しています。

静岡の里山が危機に瀕している
針葉樹と広葉樹が共に育っている

山本さん「里山の地権者は利用価値が無くなった山には、関心を示さない」

かつてみかん畑や茶畑だった土地は農家の収入源でしたが、竹林に変わってしまい、利用価値を失いました(たかだか筍を採る程度)。利用価値のない土地に関心をなくした地主や農家たちによる土地の放棄、世代間での山の継承問題によって意見の足並みが揃わず、伐採を思うように進められません。

また、水源の森が伐採されることも里山の荒廃に繋がっています。森が生む豊かな水源がなくなり、生物多様性に乏しい森になると、将来的な土砂災害のリスクも懸念されています。

 

仲間とともに竹林伐採プロジェクトを推進

「静岡山の文化交流センター」は2025年現在、静岡市隣接の川合山、日本平有度山をはじめとする県内5ヶ所(藁科川中流坂の上:大平見植林地、清水区西里:貝伏山、川根本町:尾呂久保水川)で森林の保全活動を行っています。会員はもちろん、山梨や神奈川など県外からも山本さんの活動に賛同した外部の仲間たちが手伝いに訪れます。

こうした協力もあり、各拠点での保全活動は順調に進展しています。

その中でも、藁科川中流域坂の上:大平見(標高750m)の森林帯の針葉樹の伐採地3haに、2017年に5000本の広葉樹が植林されてから、9年間育林活動が行われて、コナラを主軸とする広葉樹が順調に成長し、既に背丈を越えるまでになりました。

 

仲間とともに竹林伐採プロジェクトを推進
この太さの竹がたくさん生えています

ですが、年間約100日の作業をこなすには圧倒的に人手が足りていません。普段竹林伐採作業に集まる人数は少ない時は山本さんと相棒の2人、多くても数人です。平均すると3、4人程度となり、年間動員延べ人数は300人から400人です。さらに会員の高齢化によって設立当初80人いた会員も61人にまで減りました。そして理事長である山本さん自身も今年で85歳を迎え、この活動を誰かに引き継ぐことを意識し始めたそうです。

活動の資金や若い担い手を増やすために、今後は静岡県内だけでなく愛知や神奈川、長野など県外にも広く声をかけ、活動への賛同が得られる企業や団体への協力を募る予定です。

 

かつての山の風景を取り戻したい

静岡山の文化交流センターの森林保全プロジェクトでは、竹林を伐採した跡地に広葉樹を植樹します。植林は植樹祭として催され、県内外から数十人の人が集まり、賑わいを見せます。

かつての山の風景を取り戻したい
川合山植樹祭の様子

活動拠点のひとつである大平見では、広葉樹5000本を植えて9年目です。下草刈の際に針葉樹林の稚木を刈り取らずにそのまま生かした結果、現在は広葉樹と針葉樹が混合する森が育ちつつあります。針葉樹と広葉樹が混ざる混合林はまさしく理想の森林です。山本さんをはじめとする静岡山の文化交流センターの森林保全活動によって、森林帯や里山で着実にかつての風景を取り戻しています。

 

自分を育ててくれた山に恩返しをしたい

山本さん「私は山に育てられた男だという気持ちがあるんです。だから山に恩返しをしたい」といつも思っています。

こう話す山本さんは、山への強い感謝の気持ちから、かつて30年間務めた会社をやめて群馬での森づくりに勤しんでいました。静岡に戻ったあとの「静岡山の文化交流センター」設立も山への恩返しの一環なのだといいます。里山の景観だけでなく、水源の森伐採による山への影響や、生息している木々の根の張り方による災害への影響など、さまざまな視点を含んだ保全活動は、山への大きな愛が詰まった恩返しです。

そんな山本さんの夢は、竹林を伐採して元々静岡にあった樫の木、椎木、タブノキなどが繁茂する広葉樹の森の復元にあります。静岡の潜在植生樹で森や山を復元をすることで、かつての里山の風景を取り戻すだけではなく、水害や火災など、防災に優れた里山を作ることができます。
かつて自分を育ててくれた山へ注がれる山本さんの深い愛情と、その意志や想いに賛同して活動を受け継いでいく仲間たちによって復元されていく山里は、そう遠くない未来にかつての景観を取り戻し、静岡県を豊かなものにしていくでしょう。

 

 

取材・文/佐藤優奈