子育て・教育
中部
学習支援がはぐくむ国際交流の輪(多文化共生「いちご」)
活動団体
多文化共生「いちご」
活動場所
焼津市

カツオやマグロなど、全国有数の水揚げ量を誇るさかなの街・焼津。水産加工業を中心とする市内の工場では、日本人と一緒に多くのアジアや南米出身の外国人が働いています。焼津市によると、2025年8月現在、市内ではフィリピンやベトナム、ブラジルなどから来日した労働者とその家族、約6,000人が暮らしています。

 

ただ、家族と一緒に来日したものの、日本語の習得が難しく、学校の授業についていけない子どももいることが、地域の教育課題となっていました。もちろんこれは焼津市だけの問題ではありません。全国的な課題として、文部科学省も調査結果を2025年4月に公表しています。

 

 

2014年、外国にルーツを持つ子どもたちが直面しているこの社会的課題を少しでも解決しようと、市内在住の谷澤勉さんが仲間と立ち上げたのが、市民団体「多文化共生 いちご」でした。

 

「日本語がわからなくて苦労している子どもが市内にたくさんいたんです。当時は外国ルーツの子どもを支援対象とする団体がほとんどなく、学校の先生たちも困っている様子でした。じゃあ自分が地元に恩返しをしようと、仕事と子育てをしながらではあったんですが、知り合いや友人、地元企業の協力を得て、『いちご』をスタートしました」

「息の長い活動を続けたい」と語る谷澤さん

谷澤さんたちは、外国人家族が多く暮らす市内の地域交流センターを主な活動拠点とし、長期休暇の1日を使って行うイベント型の支援を「しゅくだいひろば」、土曜日に行う小人数の支援を「放課後ひろば」と名付けて、定期的に学習支援活動をしてきました。2014年の冬休みに初めて「しゅくだいひろば」を開いてから、これまでの10年間で延べ2,000人以上の子どもたちが2つの「ひろば」に参加したといいます。

 

「『しゅくだいひろば』は、レクリエーションと勉強が半々、『放課後ひろば』は、勉強を中心にした支援活動です。レクリエーションでは、絵画や積み木、調理実習、音楽などを、ボランティアも子どもたちも一緒になって楽しみます。なによりもまず、参加する子どもたちに楽しんでもらうこと、そして子どもたちから信頼してもらうことが大切です。来日以来、母語ではない日本語での学習による緊張感で、子どもたちは日本語や日本人に対して『心理的な壁』を作ってしまいます。それをまず取り払う必要があるんです」

調理を楽しむ参加者たち

 

2つの「ひろば」には、静岡県立大学などの大学生や、静岡サレジオ高校などの高校生が「先生」として参加しています。子どもたちが心を開くために、彼ら/彼女らの存在は欠かせません。

 

「参加する子どもたちにとって、年齢の近いお兄さん、お姉さんと一緒の時間を過ごしながら勉強を教えてもらえる空間が心地よいのかもしれません。ゲームやレクリエーションを楽しんでいるうちに、だんだん仲良くなってくるんです。後半になると、子どもたちも学生も表情がどんどん豊かになっていきます。帰り際には、勉強を教えてくれた学生に『先生、また来てね』と子どもがお願いするぐらいの関係性ができあがります」

 

「いちご」が参加者に実施したアンケートによると、子どもたちが抱える「困りごと」の内容は、日本語の習得や勉強の難しさが圧倒的に高い割合を占めています。次に続くのがいじめなどを含む「学校での人間関係」でした。子どもたちにとって2つの「ひろば」は、素の自分をてらいなく出せる「居場所=サードプレイス」でもあるわけです。

 

「この活動は、ボランティアの学生にとっても、視野を広げる絶好の機会です」。谷澤さんはそう言います。

 

「今は一人っ子も多いので、ボランティアの学生は少し離れた年齢の子どもと接する機会が多くありません。教える活動を通じて子どもとのコミュニケーションにも慣れてきますし、海外に行かずとも国際交流ができ、世界観が広がります。このボランティア活動をきっかけに教師や国際機関での仕事を志す学生もいると聞きました。私としては、自分が暮らす国で母語で学べることのありがたさ、自分たちがいかに恵まれた環境にあるかを、学生の皆さんに気づいてもらいたいです」

 

学校の宿題に取り組む子どもと講師の学生

谷澤さんに、5年後、10年後の活動の目標を尋ねると―。

 

「肩の力を抜いて息の長い支援を続けていきたいですね。今年に入って、活動を長期休暇の『しゅくだいひろば』に絞ることにしました。焼津市内で行政や民間の支援が増えてきたことが一因です。学校での日本語教育も手厚くなってきましたし。うれしいことに、焼津市でこの活動をするのが『自分たちだけ』という状況ではなくなってきたんです」

 

「いちご」がはぐくむ一期一会の出会い。そこから広がる交流の輪は、幾重にも広がって、焼津の地域社会、そして子どもたちや学生たちの未来につながっています。

 

「多文化共生いちご」では、社会人、学生のボランティアを募集しています。次回の「しゅくだいひろば」は、12月に港地域交流センターで開催予定。申し込み方法などの詳細は、「多文化共生 いちご」公式HPをご覧ください。

 

取材・文/小林稔和