事例紹介
茅葺き屋根の古民家と水車が回る「水車むら」。日本の原風景が残る中山間地域の再生に挑む(水車むらプロジェクト)
交流・体験活動団体 | 水車むらプロジェクト |
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活動場所 | 藤枝市 |
静岡県藤枝市にある、築250年超の古民家、水車むら。ここでは、川で魚を捕まえたり、かまどでご飯を炊き囲炉裏を囲んで食事をしたりといった、昔ながらの田舎の暮らしを体験できます。運営をする保志弘幸さんは、子どもたちに自然に親しんでもらうとともに、自然豊かな中山間地の魅力を発信し、人を呼び込む活動をしています。
自然への気づきがたくさんある昔ながらの暮らしを体験する、山あいの古民家
静岡県中部に位置する藤枝市。水車むらは、JR藤枝駅から30分ほど車を走らせた中山間地域にあります。せせらぎが耳に心地いい、山あいの川に架かる小さなつり橋を渡ると、昔話に出てくるような茅葺き屋根の古民家が佇んでいます。
囲炉裏やかまどもある古民家では、目の前の川でやまめのつかみ捕りをして、薪を割り、かまどでご飯を炊き、囲炉裏を囲んでご飯を食べるといった、昔ながらの生活を体験することができます。夏休みには都会から訪れる親子連れも多く、また、非日常の時間が流れる水車むらは、企業の研修やワークショップなどにも活用されています
自然への気づきがたくさんある水車むらで、「むかし田舎体験 水車むら」の体験プログラムを提供するのは、保志弘幸さん。子どもの頃過ごした藤枝市にUターンし、水車むらの管理・運営と、近隣の空き家をリノベーションした宿泊施設の運営も手がけています。
今やらなければ手遅れになる。地域に残る貴重な風景を後世に残す
大学卒業後、大手化学メーカーに勤務していた保志さんは、2年間休職し青年海外協力隊としてアフリカのマラウイ共和国でボランティア活動に従事しました。電気、ガス、水道もない土地で、井戸水を汲み、炭と薪で調理をする生活だったそうです。この時の体験が、後に水車むらと出合った時に、「この場所でなにをするか」という答えにつながっていきました。
保志さん「何年も使われていない、築250年超の茅葺き屋根の古民家を見た時、昔ながらの暮らしのすべてが詰まった、日本の原風景の象徴だと思いました。私自身古いものが好きということもありますが、このままこの古民家を朽ちて終わらせるのはもったいない、なにかできないかと思いました。そこで、所有者の許可を得て古民家の片付けをしながら、水車むらと呼ばれるこのエリアの活用方法を考え、中山間地域の過疎化集落が抱える課題解決に結びつけたいと思いました。そのためにはまずこの場所の魅力を多くの人に知ってもらい、関係人口を増やす、そこから一定数を移住につなげる活動を始めることにしました。
当初はNPO法人を立ち上げて有志を募り、補助金などの活用も視野に入れた運営を考えましたが、『むかし田舎体験 水車むら』をきちんと収益化し、腰を据えて持続可能な活動にするために個人事業として始めました」。
「この風景は、今、私たち世代が動かないと、手遅れになって消滅してしまう」と保志さん。茅葺き屋根の葺き替えや周辺の整備には、在籍する100人ほどのボランティアが参加。傷んでいた古民家は、現在の姿に再生、維持されています。
もうひとつ、水車むらの活用を考えた大きな要因に、何不自由なく暮らせる日本人は、豊かな環境に恵まれている一方で、ハングリー精神に欠ける部分があるのではないかという保志さんの危機感がありました。途上国での生活を経験したからこそ日本人には、特に子どもたちには成功体験も失敗体験も糧とした多くのチャレンジをしてほしいと、強く感じていたのです。
保志さん「昨今、失敗を恐れず果敢にチャレンジしていく子どもが少なくなっていると聞いています。大人が安全面を徹底し、失敗体験を積ませないように配慮し過ぎるあまり、結果として子どもたちの好奇心を満たすことができず、行動の制限に繋がっていることも一因だと考えられます。家庭で火を見たことがないとか、包丁を使ったことがないという子どももいる。親が危ないと遠ざけてしまうから。でも、自分で考えてやってごらんと言うと、子どもたちは遊びでも作業でも、自分の好きなことは積極的にやり始めます。すると、いろいろなことにチャレンジしたいという思いも芽生えてくるのです。現代的な便利なものは何もない水車むらでの田舎体験が、好奇心を引き出し、本能的に生きる力を目覚めさせてくれるんです。こうした教育的な視点も、活動を始めた一つの理由です」。
点ではなく、面で地域の魅力を発信し、活動の輪を広げる
移住者を呼び込むために不可欠な住居と仕事を提供できるよう、保志さんは挑戦を始めています。地域の魅力を知ってもらう水車むらの活用に加え、地域の空き家をリノベーションしてサウナ付きの農林漁家民宿をまもなくオープンする予定で、空き家活用の実績をつくり、雇用の創出を考えた事業もスタートしました。
また、同じ中山間地域にある、公設民営の「瀨戸谷温泉ゆらく」や「藤枝市陶芸センター」、「おれっぷ大久保キャンプ場」などとも積極的に連携して、点ではなく面での情報発信と関係人口の創出につなげる活動もしています。
保志さん「この地域では行政と民間が連携して、地域に人を呼び込む動線づくりが進められています。微力ながらその手伝いもしています。産官学の連携という点では、水車むらには、藤枝市と連携協定を結んでいる東京の大学が地域創生のフィールドワークに訪れます。また、自分で仕事をつくりながら、地域の課題解決にベクトルを合わせている私自身の体験を、静岡市内の高校の探求学習の授業で、ひとつの事例として話をしています。それらがきっかけで水車むらに興味を持ち、茅葺きのボランティアに加わってくれたり、何度も遊びに来てくれたりする学生もいます。これこそ、関係人口ですよね。
地元の子どもたちには、都市部に出る前に、今住んでいる地域の魅力や地域資源をしっかり伝えてあげたい。藤枝の自然の中に溶け込んで、遊んで、おもしろいことを仕事にしている大人がいるなというインプットを、若いうちにしてもらうことが重要だと思うんです。地元に魅力を感じないと、戻ってこないですから。水車むらをその経験の受け皿にしたいですね」。
交流が生む地域の未来。移住、定住に繋がる基盤をつくり、地域課題の解決に取り組む
今後は、体験宿泊施設の運営に関わる地元在住者の雇用を生みだす一方で、プロモーション業務などでは、リモートで関わる東京など都市部の人とも積極的に繋がりたいと、保志さん。地方には地方の、都市部には都市部の課題があって、通常のテリトリーから離れてみると、互いの課題の解決策につながるニーズがあり、それらをうまくマッチングすれば、ウィンウィンの関係が築けると言います。
保志さん「独りでは難しいので、都市部在住者や全国を拠点としているノマドワーカーが持つネットワークで他の地方とつなぐなど、地方在住者が苦手とする部分をサポートしてくれる人たちと、関係人口創出のありかたを探っていきたいと思っています。関わってくれる人たちがたくさんいればいるほど、その人たちが持つ強みも活かされていくだろうし、私たちが持ち得ないリソースを活用させてもらえる状態が生まれます」。
水車むらがある集落も、かつては林業、お茶、みかんの栽培などで充分な生計を立てられていました。だからこそ、山の急斜面でも耕作地を広げていったのです。人間の本質的な活動です。それを現代流にアレンジして、地域資源を価値として捉え、経済活動につなげる手段の構築もしたいと考えています。
保志さん「現在は放任竹林に着目しています。単純に竹林を整備するだけでなく、伐採した竹の新たな有効利用を模索することで、地域が持続可能になると考えています。さまざまな知見者との関わりを持ち、学び、事業化の構想を練り、ある程度見通しが立ってくれば、厄介者の竹林が宝の山に変わる。そこに若い人が仕事として関わってくれれば、この里山は大きく変わっていくはずです。
先人たちも、古民家を移築したり水車をつくったりと、この地に居場所を築いてきた。今必要なのは、そうした活動の旗が振れる人、つまり、現代の時流に合わせて、地域資源を持続可能な活動に活用する構想を練り、具体的に行動していく人です。それは関係人口から生まれてくると思うんです。一番重要なのは人です。この活動や事業を通じて、起業家精神を持つ人をひとりでも多く排出したい。それをバックアップする環境をいかにつくるかも、課題のひとつと捉えています」。