事例紹介
地獄の山道を駆け抜けろ!ランナーに愛される伊豆稲取キンメマラソン(NPO法人 Mingle Izu)
文化・芸術・スポーツ活動団体 | NPO法人 Mingle Izu |
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活動場所 | 伊東市 |
伊豆大島を望む稲取地区は、美しい風景と名湯で知られる伊豆有数の観光地です。しかし令和の今、そのイメージが変わりつつあります。
発端となったのは、2016年にスタートしたとあるマラソン大会です。
「伊豆稲取キンメマラソン」と名付けられたその大会は、起伏が激しいコースが最たる特徴です。コースの一部には14回ものアップダウンが繰り返される通称「げんなり坂」もあります。
自ら「最高に楽しい地獄へようこそ」と謳っている通り、まさに地獄のマラソンコース。
しかしながらエントリー数は年々増加し、2024年の参加ランナーは過去最多の2843名です。参加者は日本全国のみならず、海外からも集結しました。
海辺の小さなマラソン大会が始まった経緯とランナーたちに愛される理由を、主催団体NPO法人 Mingle Izuの西塚良恵さんに尋ねました。
地元民の力で地域を活気づける団体
NPO法人 Mingle Izuは、西塚さんを含む計9名で活動しています。
「2014年頃からマラソン大会の構想があり、約1年半の準備期間を経て2016年に設立しました」
現在はキンメマラソンの大会運営に加え、地域の児童養護施設からサンタクロースとして手紙を受け取る「サンタプロジェクト」や稲取公園で開催される夏のイベント「ina盆」の運営を手掛けています。
消滅可能性都市に生まれて
今や伊豆稲取を代表するイベントとなったキンメマラソンですが、その背景には西塚さんら地元民の危機感がありました。
「稲取のある東伊豆町は、消滅可能性都市にあたります(※)。稲取で生まれ育った私は、それを肌で感じていました。町の税収が減ると、まず削られるのがお祭りなどの町おこし行事です。これを解決するためには、町の予算をアテにしない、自立した地域イベントが必要不可欠だと感じました」
※少子化や人口流出が著しく、存続可能性が低い自治体。静岡県内では東伊豆町を含む9市町村が該当する
「伊豆稲取キンメマラソン」を開催
西塚さんは地元で有志を募り、稲取の町おこしイベントを企画。参加者のエントリーフィーが入ることや、町に金銭的な負担をかけずに運営できることから、マラソン大会に的を絞りました。
コツコツと準備を進め、2016年6月に「第一回 伊豆稲取キンメマラソン」の開催が決定しました。
キンメマラソンは、過酷なマラソンコースが売りです。
山から海へと続くマラソンコースは、標高差200m以上。ランナーは坂道の上り下りを繰り返し、ゴールへと辿り着かなければなりません。
「稲取は、狭くてアップダウンのある道が多いんです。『ランナーなら絶対にこんなコースは作らない』と言われたこともありますね(笑) でも、トレイルランがちょうど流行っていたこともあり、逆に面白いんじゃないかなと思って」
また、エイドステーションには伊豆名産品のニューサマーオレンジや赤飯、わさび漬を、ゴール地点には金目鯛の味噌汁を用意し、ランナーを迎えようと考えました。
ランナーの口コミが話題を呼び、2800名が参加する大イベントに
2日間に渡り開催した第一回キンメマラソンは、約1700名がエントリー。ランナーの口コミが評判を呼び、年々参加者が増え、2024年は過去最多を記録しました。
「リピート率は50%弱ですね。『ゴールした後に、もう二度と走るか!と思うけれど、またエントリーしてしまった』とおっしゃっていた方もいました」
ランナーが何度も走りたくなる理由は、他にないマラソンコースだけではありません。
キンメマラソンは、大会の盛り上げ役である仮装ランナーに向けた「仮装大賞」や、伊豆稲取の豪華景品が当たる「じゃんけん大会」など、ゴールした後にも楽しい催しがたくさんあります。その背景には、「稲取の良さをもっと知ってほしい」という西塚さんらの思いがありました。
「マラソン大会の表彰式は、上位入賞者しか残らないのが課題なんです。ゴールしたらすぐに帰ってしまうランナーも多い。でもわざわざ稲取まで来てくださったのだから、私たちの街をもっと堪能していただきたいなと思ったんです」
地域住民とのふれあいを促進するコースもランナーに好評です。
「住宅街の狭い路地をあえてコースに組み込み、地域住民が沿道からランナーを応援できるようにしました。お祭りなどに興味があっても、なかなか遠方まで出掛けられない高齢者も少なくありません。家の前を走ることで『おじいちゃんおばあちゃんが一生懸命応援してくれてうれしかった』と言ってくださるランナーの方がすごく多かった」
ふるさと納税や来訪者増を通じて街に還元したい
順調だったキンメマラソンですが、新型コロナウイルスの影響により2020年6月に予定していた第5回は中止に。緊急事態宣言が発令され、東伊豆町の観光産業も大きな打撃を受けました。
西塚さんらは2021年の大会を「KINME2021 オンラインマラソン」として開催。一般エントリーの他に、東伊豆産金目鯛などが付属する「応援エントリーセット」も提供しました。
「応援エントリーセットを申し込んでくださる方も多く、私たちはランナーの皆さんに助けられていると実感しました。ありがたいことに『東伊豆町にふるさと納税をしたよ』と声をかけてくださった方もいました」
2023年より通常開催に戻りましたが、コロナ禍を経ても参加者数は衰えませんでした。今年6月に第7回を開催すると、近隣の宿泊施設は満室に。道の駅は多くのランナーとその家族で賑わいました。大会前後は、「伊豆急も最大の8両編成になる」といいます。
町外からの来訪者は、ランナーだけではありません。県内外から約450名のボランティアスタッフが訪れ、キンメマラソンをサポートします。
キンメマラソンは年々参加者数が増え、東伊豆町の町おこしイベントとして定着しました。これを受けて西塚さんは「他の世代につなげるかどうかが次の課題」だと語ります。
「たしかに町おこしは継続が大切です。でも、必ずしもキンメマラソンだけが東伊豆町を活性化させる手段ではありません。私たちがキンメマラソンをはじめたように、子ども世代にも、親世代にも、それぞれの世代だからこそ思いつく町おこしアイデアがあると思うんです。それぞれがアクションを起こし、もっと連鎖していったらいいですね」
取材・文/佐藤優奈