事例紹介

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寛永年間につくられた棚田を復活!自然農法の稲作でホタルが舞う里山の自然を維持する(清沢塾)

農山漁村
寛永年間につくられた棚田を復活!自然農法の稲作でホタルが舞う里山の自然を維持する(清沢塾)
活動団体 清沢塾
活動場所 静岡市葵区

無農薬、無化学肥料の自然農法の実践で、よみがえった地域独自の生態系

静岡県静岡市葵区の中山間地にある小さな集落、清沢地区。清沢塾は、ここで耕作放棄されていた棚田を復元し、農薬や化学肥料を使わない自然農法で米づくりをしている市民グループです。24年間の活動で、棚田にはホタルや里山独自の自然環境が復活しています。清沢塾塾長の小長谷建夫さんに、お話を伺いました。

静岡県静岡市の中心部から車で30分ほど走った、「オクシズ」と呼ばれる中山間地にある清沢地区。民家のある集落からさらに1.4kmほど分け入った山の斜面に、江戸時代中期の寛永年間に作られたと言われる棚田が残っています。清沢塾は、ここで自然農法での米づくりをしています。
きっかけは、静岡大学50周年記念で行われた、21世紀の農業について考える公開講座でした。そこで紹介された、農薬や化学肥料を一切使わない自然農法を実践するため、講座生に呼びかけ任意団体の清沢塾を立ち上げました。当時、地元の新聞社に勤め、公開講座事業のスタッフとして関わっていた小長谷さんは、退職後も清沢塾の活動を続け、現在は塾長を務めています。

放置され藪に覆われ荒れ果てていた棚田を整備し、静岡大学の農場から分けてもらった苗を植えたのは2000年6月のこと。今では静岡大学農学部の学生に加え、市内2校の中高生やボーイスカウトも田植えや稲刈りに参加しています。

小長谷さん「清沢のこの棚田と出会ったのは、本当に偶然でしたが、山に囲まれていて、農薬を使う他の田畑とは完全に隔離されているので、自然農法にはうってつけの場所でした。田んぼを復活することで、棚田本来の生態系も復活し、さまざまな植物や生き物を観察することができます。毎年、静岡市と地元自治会と一緒に開催するホタル鑑賞会は、50人の定員に対して450人もの応募があり、地域の賑わいづくりにも繋がっています」。

無農薬、無化学肥料の自然農法の実践で、よみがえった地域独自の生態系
清沢塾の発足時から活動を続ける、塾長の小長谷建夫さん

棚田での米づくりを、地域の子どもたちの貴重な自然体験の機会に

清沢塾の会員は現在35人。そのうち3分の1くらいが、毎週末棚田に訪れ、手入れ作業を行っています。会社員や定年退職後の人が中心で、農業はみな未経験。自然の中で作業するのが楽しいと、ライフワークとして参加しています。
また、棚田での米づくりを体験学習に取り入れている静岡市内学校の生徒や、ボーイスカウトなどが、田植えや稲刈りだけでなく、雑草取りなどを手伝い、棚田の自然に親しんでいます。

小長谷さん「子どもたちは、お手伝いをしながらイモリや沢ガニなどを見つけて、自然と触れ合うことも楽しみにしています。また、棚田には大きな農機具を入れることができないので、田植えはもちろん、稲刈りや脱穀もすべて手作業です。昔ながらの足踏み脱穀機や藁くずや中身が詰まっていない空の籾と、しっかり身が詰まった籾を分ける唐箕も、ここでは現役。静大農学部の学生たちは、米づくり作業の原点を身をもって体験することができます」。

棚田での米づくりを、地域の子どもたちの貴重な自然体験の機会に
棚田での米づくりを、地域の子どもたちの貴重な自然体験の機会に
(左)棚田には大きな機械が入らないため、稲刈りもすべて手作業で行う (右)刈り取った稲は昔ながらのはざかけで天日乾燥させる

耕作している棚田の面積はおよそ1.3反。近年は収穫量も安定していて、300kg~400 kgほどの米を収穫しています。脱穀したお米は、その場で精米して炊飯。一緒に育ててきたもち米は、学生たちが餅つきをして、参加者みんなで自然の中でいただきます。残りの米は会員に均等に分配されます。

小長谷さん「地元の清沢小学校は、少子化の影響で2024年3月の卒業生をもって閉校してしまいましたが、児童たちがまとめた「地元のいいところ」のひとつに、清沢塾の棚田の活動が挙げられていました。それだけ地域住民にも受け入れられる活動になっているということです」。

作業に参加した子どもたちと一緒に脱穀をする

自然農法に興味がある人のネットワークを広げ、活動の継続を模索する

20年以上続けてきた、清沢塾の米づくり。今後の活動については、「農業ですから、毎年続けることが肝心です」と、小長谷さん。一方で、活動は定着していますが、会員の高齢化で今後の活動継続は大きな課題です。
棚田の面積は限られているので、むやみに活動を広げて収穫量を増やすことは難しいのが現状です。しかし、ホタルをはじめ他の生き物と共存しながら米が生産されている棚田を守り、多くの人にこの自然環境を体験してもらいたいと考えています。

自然農法に興味がある人のネットワークを広げ、活動の継続を模索する
自然農法に興味がある人のネットワークを広げ、活動の継続を模索する
(左)森林に棲むモリアオガエルの卵。モリアオガエルは静岡県の準絶滅危惧種に指定されている (右)近年増えているシカやイノシシの食害被害を防ぐため、電気柵設置作業前に理論講義を行う静大名誉教授天岸祥光氏

小長谷さん「農作業そのものは、清沢塾のメンバーと協力団体が中心に行っていますが、田植えから刈り取りまでの間、毎週土曜日に作業をしていますので、誰でも参加できます。棚田ってどんなところだろう?そこにはどんな生き物がいるのかな、と興味がある親子などに、ぜひ足を運んでもらいたいですね。自然の中で遊びながら、自然農法の環境を知ってもらう。まずはそんなところからでもいいんです。
一方で、清沢塾の中には、自然農法の普及を目指す活動をしている若いメンバーもいます。静岡県内外で自然農法に取り組んでいる人たちも見学に来てくれますし、私たちも見学に行きます。1度の見学で終わらずに、そこからネットワークが広がり交流が続くことで、清沢塾の活動継続の糸口が見つかるかもしれません」。

春は周辺の山桜が棚田を彩る

棚田の周辺には茶畑もありますが、栽培をやめてしまった農家さんも多いのが現状です。小長谷さんたちは、そうした茶畑の一部を管理して、無農薬の茶葉づくりもしています。

完全無農薬で管理する茶畑。茶葉はお茶としてはもちろん、食材としても安心して食べられる

小長谷さん「自分たちで摘んだ茶葉を、自宅で煎茶や紅茶にして楽しむ程度なのですが、自家製のお茶はおいしいですよ。お米でもお茶でも、興味のある方はぜひ一度遊びに来て、清沢の自然の中で1日のんびり過ごしてみてください」。

 

(文・写真)静岡県関係人口ライター