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後世へ残したい里山の風景。多様な主体で守る石部棚田の魅力(石部棚田振興協議会)

農山漁村
後世へ残したい里山の風景。多様な主体で守る石部棚田の魅力(石部棚田振興協議会)
活動団体 石部棚田振興協議会
活動場所 静岡県賀茂郡松崎町

令和のいま、里山の景色が失われつつあります。棚田やホタルの舞う清流など、美しい日本の原風景に触れられる場所はごくわずかです。その理由として挙げられるのは宅地開発や造成工事など。これに加え、田畑の担い手不足など、各地域が抱える課題が要因となっていることも少なくありません。

松崎町は、「日本で最も美しい村連合」に加盟しており、地域資源として登録している石部の棚田は、「つなぐ棚田遺産」や「静岡県棚田等十選」に認定されている名勝地です。
2010年には「第16回 全国棚田(千枚田)サミット」の開催地にもなり、延べ2日間で1300人超の参加者が集まりました。

今でこそ町を代表する地域資源として注目を集める石部棚田ですが、かつては耕作放棄地化し、存続が危ぶまれた過去がありました。

現在、松崎町で棚田を守る山本 公さん(石部棚田振興協議会 会長)に、石部棚田の魅力と取り組みについて詳しく伺いました。

 

松崎町の名勝・石部棚田

石部棚田が拓かれたのは、江戸時代以前のこと。駿河湾だけでなく、富士山や南アルプスが一望できる絶景の棚田です。

松崎町の名勝・石部棚田

石部棚田は数々の災害を乗り越え、昭和30年代に最盛期を迎えました。しかし、過疎化・高齢化の煽りを受け、徐々に耕作放棄地化。平成に入る頃には、面積の約9割が茅に覆われていたといいます。

山本さん「伊豆半島の観光地化が進むと同時に、棚田の働き手が減っていったそうです」

この事態を打破すべく立ち上がったのは、当時の自治会長でした。

山本さん「平成8年頃、『松崎町が誇る棚田を蘇らせたい。その活動を通して、町内外の方々と広く交流し、地域活性化を実現したい』という話が持ち上がりました」

これを機に、平成12年より石部棚田の復田活動がスタート。約370枚の棚田が奇跡の復活を果たしました。

 

旗振り役は石部棚田振興協議会

保全活動の中心となるのは、もちろん松崎町の地域の方々です。山本さんが携わる「石部棚田振興協議会」は、令和2年設立。復田プロジェクト当初から活動していた、棚田保全組織が前身です。

山本さん「私たちは石部棚田の保全を軸に据えた、地域振興活動を行う団体です。保全活動はもちろん、『棚田オーナー制度』の実施や観光イベントを企画・運営しています」

平成14年に開始した「棚田オーナー制度」とは、町内外から広くオーナー会員を募り、保全活動に参加してもらう取り組みです。

山本さん「現在のオーナーは約100組。東京、神奈川など関東圏の方が多いですね。リピート率がとても高く、約9割が毎年参加します。中には20年以上、オーナーを続けている方もいますよ」

この棚田オーナー制度は、単に“協賛金を支払い、お米を受け取る”だけではありません。オーナーには田植えや稲刈りといった農作業の参加が義務付けられています。

山本さん「棚田と富士山の美しい景色を見ながら、地域住民と一緒に農作業に精を出す。皆さんそのような石部棚田ならではの体験を楽しみに来てくださっているのかもしれません」

 

石部棚田の守り人

保全活動には振興協議会とオーナーの他にも多くの人々が関わっています。中でも10名余のメンバーから成る石部棚田保存会は、石部棚田の守り人の役割を担っています。

山本さん「石部棚田保存会は、振興協議会の構成団体です。田んぼの水の管理や草刈りなど、日常的に発生する作業や管理を担当しています」

石部棚田保存会のメンバーは地域の方々が中心で、稲作のベテランも含まれます。

山本さん「毎年、田植えや稲刈りでは、棚田保存会の面々が先生役としてやり方をレクチャーしています。また、経験豊富なオーナーが初心者に植え方や刈り方を教えることもありますよ。地域の方々からオーナーへ、そして初心者へと、助け合いの輪が広がっているように思います」

 

石部棚田の守り人
今年5月に行われた石部棚田の田植えの様子

石部棚田を中心に広がる人々の輪

石部棚田を中心に広がる人々の輪は、助け合いだけではありません。棚田では年間を通して、数々のイベントを実施。地域内外から多くの人々が集います。

山本さん「石部棚田の代表的なイベントは『石部の灯り~心を癒す棚田のきらめき~』です。毎年5月下旬、田植え後に行われます。このイベントでは、棚田の畦に《約1000個の》ろうそくを置き、あかりを灯します」

 

石部棚田を中心に広がる人々の輪
「石部の灯り」イベントの様子。あたたかな灯りが棚田の輪郭を浮かび上がらせる

この美しい風景を写真に収めようと、多くのカメラマンが集結するといいます。

山本さん「『石部の灯り』だけではありません。夏には棚田が青々と繁る様子を、初秋には彼岸花を撮りに来ますね」

 

棚田のある風景を次の時代へ

山本さんは、「石部棚田の存続には、若き担い手が必要だ」と感じています。平成23年には地域おこし協力隊制度を導入。現在は1名の隊員が石部棚田の活動に精を出しています。

また地元大学生との取り組みにも積極的です。平成15年より、常葉大学との連携をスタート。棚田の保全活動はもちろん、大学生が石部棚田にからめたイベントを企画し、実施しているといいます。

 

棚田のある風景を次の時代へ

山本さん「棚田の保全はそう簡単なものではありません。予算や後継者不足、技術継承などさまざまな課題があります。しかし、石部棚田に魅力を感じてくれている方は、全国にたくさんいます。みなさんと地域住民とで連携をとり、協力しながら、この棚田を守り続けたいですね」

多くの人々の手によって蘇り、大切に守られている石部棚田は、これからも「松崎町に残る美しい里山の風景」として、次世代へ伝えられてゆくでしょう。

 

 

 

(文・写真)静岡県関係人口ライター